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【蠍座の終わりに】人生の「痛み」からつかむあなたの「幸せ」と「生きる意味」

22日で蠍座のシーズンも最終日を迎えます。 蠍座のシーズンは自分の中にある最もディープな世界をのぞきこむ期間となります。 願望、欲求、感情、コンプレックス…普段の生活ではあまり意識を向けられなかったところまで、自分の内面を深掘りしていきます。
そんな1ヶ月を過ごし、次のシーズンへと準備をするタイミングに差し掛かっています。

しかしながら今回の蠍座のラスト数日間は、逃げ出したくなるほどの未消化な感情を自覚する人も多いのではないかと思います。
 直視するのが少しハードではあるけれど、とても重要なこの時期の過ごしかたについて書きたいと思います。 心を乱されるほどの痛みの中に人生の目的をつかむ
 この時期はこれまでの人生で感じてきた痛みや苦しみ、葛藤など、消化してきたつもりが心の奥底に残っていた、重く暗い感情を強く認識するようになります。 まるで当時の痛みを思い出すかのように、トラウマのフラッシュバッや自尊心の崩壊、罪悪感や嫌悪感など、自分ではコントロールできないほど心をかき乱されてしまいます。
 この時期は、その感覚をなかったことにして再びしまい込むのではなく、心が乱れるその気持ちの中から、あるものをつかみとることが重要です。 そのあるものとは、これから先の人生を何のために生きるのか、なにを大事にして生きるのか、どんなことは譲れないのか、そうした生きる意味ともいえるようなものです。 

【動画】かとうゆか×岡崎直子クロストーク「リベラルアーツ」

【ツクリウムチャンネル 】 「かとうゆか×岡崎直子のクロストーク」 第2回目のトークテーマは「リベラルアーツ」です。 
リベラルアーツとは古代ギリシャ発祥の教養教育。 「人を自由にするための教養」であり、大学教育の原型且つすべての学問のベースとして扱われた基礎教育。今回のクロストークでは、人が自由で創造的に生きていくために必要な「リベラルアーツ」について語っています。 ・「リベラルアーツ」への理解がないと、何を学んでも本当の意味が理解できない? 
・基礎教養「リベラルアーツ」では、世界の始まりは「物質」からではない。
 ・学問とエクスタシーの密接な関係性。 
・ビジネスの世界で注目される「リベラルアーツ」は本質的な意味からズレている?
 ・創造的に生きなければ「リベラルアーツ」は意味を成さない。
 ・アートとサイエンスのアップデート。 ・単に教える、アドバイスする仕事は淘汰される? ・言語について学ぶことの重要性。  などなど、55分間のクロストークをお楽しみください。  《トーク中に出てきた情報》  リベラルアーツ基礎講座/オンラインあり(11/17) 《関連動画》  【かとうゆか×岡崎直子】根底から覆る生き方の哲学「ALIVE」  《Art Director》  MARIKO SAKINARI 予告編(00:45)

【天王星牡羊座/蠍座新月/木星射手座】世界が180度転換する。女性性のダイナミズム時代の幕開け。

今週の天体は非常に派手な動きを見せ、その影響を私たち一人ひとりの人生の中で色濃く感じることになります。

11/7に天王星が牡羊座に戻ります。5月頃から牡牛座に入っていた天王星が、一時的に逆行。来年3月頃まで牡羊座に滞在します。

さらに、11/8に木星が射手座に移動し、蠍座で新月を迎えます。
木星は約1年間、射手座に滞在します。 
これらが私たちの人生にどんな影響を与えるのか…
今年最大級とも言える天体の影響を上手く使いこなす方法について記述したいと思います。 



牡牛座天王星のプレ変革期を振り返って 
約7年周期で星座を渡り歩く天王星。各時期ごとの星座のテーマにまつわる、破壊的とも言うべき大きな変革を起こす惑星が、一時的に牡羊座へ戻ってきます。 今年の5月から牡牛座に入っていた天王星は、牡牛座のテーマである、「物質」「女性原理」「豊かさ」などをめぐる古びたシステムや腐敗を破壊してきました。 調和と俯瞰の精神を持つことで、個人の資質がうまく融合し、いくつものコミュニティを生み出していくような水瓶座の時代。この時代に相応しくないものを、天王星は容赦なく壊していきます。
今年の5月から私たちが直面しているテーマは、自分への妥協や制限と引き換えに経済循環を起こしていたこれまでの生き方をやめ、とことん自分の本質を生きるということ。 本質から生まれる、新しい経済循環を構築していくためのスタートを切った人も多いのではないかと思います。
さらに、「女性原理」への理解不足によって歪んでしまった価値観、および権力や財力などを重視する社会構造が崩壊していく時代となります。

「究極のコンプレックス」と「天才性」の密接な関係

なんとなく人生が停滞している、やりたいことが見つからない、やりたいことがあるのにチャレンジできていない、やりたいことに情熱的に取り組んでいるはずなのになかなか結果に繋がらない… 人生が思い描くようにうまく進まないときに、劇的に前進させる方法があります。 自分が最も求めている生き方をするには、自分が最も「恐れていること」を認めて全力で立ち向かっていかなければならないということです。 人生を面白くするには、自分にとっての最大のコンプレックスを乗り越える必要があります。 大人になると、純粋に興味を惹かれるものに対して思いのままにチャレンジすることが難しくなります。それは、他者との比較や社会の基準で自分を推し量ろうとするためです。自分の内側から湧き起こる興味や情熱よりも、外側の価値基準に影響されてしまいます。 そのうえ不思議と、自分が「最も望んでいる生き方」と「最も見たくない自分(コンプレックス)」は密接に絡みあっています。 どこかの時点で夢を諦めた自分、周囲から変なやつだと思われたくないがために個性を隠してきた自分、自分の感覚よりも正しいものがある気がして自己表現できなかったことなど… 学歴、才能やスキル、センス、容姿、性格…自分を構成するあらゆる側面のなかで、最も自信を持てずに隠してきた部分や、奇異の目に晒されることを恐れて隠してきた個性こそ、あなたの人生を劇的に変えるためにとても大きな役割を持っているのです。 「究極のコンプレックス」は自信の影に隠れている 自分のコンプレックスを自覚している人は多いと思います。しかし、人生を劇的に変化させるような「究極のコンプレックス」は意外にも隠れていて、思った以上に自覚できていない人が多いのも事実です。 なぜなら「究極のコンプレックス」は、人生で一番最初に切り離してしまった部分であり、何年も何十年も前から諦めているため、今更表現したり興味を持って取り組むことなど考える余地もありません。 「究極のコンプレックス」は、周囲や社会から到底理解されないような、自分独自の感覚や特性からやってくるので、人と共存するなかで一番最初に諦めてしまいます。 自分のほうがおかしいのではないかと考えたり、間違っていないと感じても人から受け入れられない経験を繰り返し、どんどん切り離してしまい、諦めるべきものとして納得させていきます。 そうして、周囲の人や社会から受け入れられやすい才能や資質を伸ばしていきます。 そこで得た自信の影に「究極のコンプレックス」は身を潜め、ふつふつと飛び出したい欲求を高めながら眠っています。ところが人生で最初に切り離したものですから、なかなか自覚できるものではありません。 「究極のコンプレックス」こそ天才性 多くの人が、周囲から認められやすい才能こそが自分の人生ですべきこと、自分がやりたいと思っていることだと認識しています。 しかし、簡単に人から評価を得られるものは、すでにこの世界にある価値観であって、あなたがいなければ存在しえない価値観や美意識、佇まい、思想や視点、さらに創造物や世界を生み出すことのほうが何十倍も何百倍も価値があります。 既存の世界で評価を得ることと、最初は誰にも理解されなくとも自分から始まる世界を創造することは、「生き方」の視点が全く異なります。 「究極のコンプレックス」である、「自分にしかない独創性」を発揮してこそ、自分が望んでいた人生のスタイルが明確になっていきます。 そこを直視できずに夢や理想を語っても、自分の潜在的な欲求と一致していないため、情熱も天才的な発想も能力も発揮することができません。 「誰からも受け入れられない」「求められていない」「才能がない」と、早い段階で諦めたことほど情熱を注いで、命を燃やして取り組むべきものなのです。 隠れたコンプレックス(天才性)の見つけかた では、人生で最初に諦めてしまったもの、さらに優先順位の最も下に追いやってしまったものを思い出すにはどうすれば良いのでしょうか。 それにはまず、「やりたいこと」と「仕事になること」を切り分けて考える必要があります。経済活動に結びつけて「やりたいこと」を考え始めると、必然的に「人が求めているもの」や「誰かの役に立つもの」を思い描くようになります。 そのうえで今すでに持っているスキルや知識、経験を活かす方法を考えるようになります。 しかし、自分にしかない独創性は、ほかの誰かに簡単に理解できるものではありません。情熱的に追求して、あらゆる表現や創造を行い続けて初めて、既存の世界にはなかった価値観や世界観を伝えることができます。 自分がやりたいことや、自分の生き方を掘り下げる際には、最初から経済活動と結びつけて考えないようにしましょう。 この年齢から始めても遅いのではないか、今それをやったところで誰も求めていない、時代の流れに反している、こんなこと誰も興味を持ってくれない、自分が好きな世界観は求められていない… そういった発想でストップをかけてしまうことほど、あなたの「究極のコンプレックス」であり「天才性」です。 人の評価から飛び出すための「人生の決断」 自分の天才性を発揮していくために必要なのは、思い切って自分の好奇心や純粋な欲求に飛び込んでいく勇気です。それは単なる精神論ではなく、確実に一歩一歩、自分に正直になるための環境づくりです。手放すものと、追求するものを明確に分けて、確実に実行していきましょう。 《手放すもの》 ・創造性を発揮できない人間関係 ・普通や常識、社会で評価される生き方に収まろうとする人間関係 ・同調圧力のある環境や関係性 ・必要以上の経済的な負担(所有物、コストなど) ・社会や人に対する遠慮と期待 《追求すべきもの》・好奇心と純粋な欲求 ・自分独自の世界観と美意識、その哲学 ・自分ならではの感覚を表現するための知識やスキル ・創造性の追求と経験値 手放すべきもの=外側から影響を受けているもの 追求すべきもの=内側から外側に溢れ出るもの  その感覚を明確に分けて、人生のひとつひとつを、情熱と好奇心が溢れるほうへ向かうことで、「究極のコンプレックス」は、あなたが人生をかけて取り組む、あなたから始まる新しい世界の創造なのだと理解するようになっていきます。 かとうゆか  

「感じる」ことを、明確に言語化することによって磨かれる美意識と知性

この世界をどれだけ分解し分析できるだろうか。普段の私はいつもそんなことばかり思い巡らせています。目の前で起こる出来事、過去、未来、出会う人の人生、すべての成分を見抜き、その配合を分析するということに没頭し、常に脳内は忙しく動いています。目を通して入ってくる情報、体感から伝わってくるもの、音やバイブレーション、空間の緊張感や緩み、心理的なレイヤーや幾何学的な思考の構造、常に世界がどんな配合でできているのかを、毎日毎日読み解き続けています。それは私にとってごく自然なことで、脳内でオートマチックに分析が始まります。感性や美意識、心で感じられるものを、ロジックでは切り取ることのできないものだと、多くの人が思っていることを最近知って驚いたほどでした。「曖昧な感覚をただ感じるままで、分析しないんだ!?」徹底的に分析をする私のほうがおかしいと思うのですが、自分にとって感覚的な知覚領域は、曖昧な心と意識、感受性の世界ではなく、明確な数字や角度、構造体の世界として認識しています。感動が数で表されたり、美しさが幾何学で解説できたり、安心感の内容成分が解説できたり、作品が出来上がるまでの作者の意図が原理的に紐解けたりします。熱量を内包すれば、実物や経験、感覚よりも、情報量がかなり限定される「言葉」を使って言語化すことはできると思っています。

最高の人間関係を実現するための「本質×客観視点」のアジャストメント

今日は9月最終日、天秤座シーズンのテーマである、「人と人とのつながり」について意識を向けるような流れが来ている人も多いのではないかと思います。先日のブログでも解説しましたが、人間関係や人との循環をうまく起こすために必要な5つの条件を踏まえ、さらに具体的に考察していきたいと思います。関連記事:コミュニティ時代に知っておきたい「人間関係」の5つの条件人生の方向性を指し示す「美意識のコンパス」を養う「人と人とのつながり」に関しては、最近個人的にもかなり模索しており、パートナーシップ、友人関係、仕事やヴィジョンを共にする仲間、人脈やネットワークなど様々な層における人との関係性について考えています。「人間関係」の5つの条件で解説した内容は、「自分」を軸にしたものがほとんどです。1:自我が解体できている2:精神的価値が似ている3:目的やヴィジョンが共通(共鳴)している4:自分の本質的な望みが理解できている5:どんな人の役に立てるのかを理解しているこれら5つの条件がクリアできても、実際に人と繋がっていくには「自分は何者か」というわかりやすい目印となる看板を掲げる必要があります。あなたがどんなことを考え、どんな世界観で、どんな未来を実現したいのか。自分に近い場所にいる人が、自分に合った人とは限りません。むしろ身近な分、あなたの価値を認識しにくい人もいます(家族などとくに)。あなたのような人と出会いたいと思っている人、協力者や共にヴィジョンを実現する人、あなたの力を借りたいと思う人など、70億を超える人々の中から、世界中の誰もが距離や文化圏を越えて「あなた」を見つけ出すために必要な看板とはどんなものでしょうか。その看板こそ「本質から生まれたアイデンティティ」であり、自我のように他者の評価や環境に左右されて身につけたパーソナリティではなく、自分の本質をわかりやすく人に伝えるためのパーソナリティです。

コミュニティ時代に知っておきたい「人間関係」の5つの条件

私には夢があります。それはジャンルや特性、性別、年齢、国籍などの違いを超えて、「志」と「ヴィジョン」でつながる「国づくり」。既存の「国家」のイメージとは異なり、人が調和的に共存する世界をつくりたいというものです。これまでもこれからも活動の根本は、この「夢」につながっています。なぜそんな世界をつくりたいかといえば、「あらゆるアイデアをとことん自由に創造したい」という思いが根底にあります。そのためには人と人とがクリエイティブにつながり、化学反応を起こしていくことが重要だと考えています。志のレイヤーとヴィジョンを共通認識できれば、違いがあるほど、お互いを尊重しあい補いあう関係性が築けます。もっとシンプルな言葉を使えば、「志」は「精神性」、「ヴィジョン」は「目的」です。精神性と目的によって人が集まった時、それぞれの想像を超えた、一人では実現することのできないスケールとクオリティの創造が可能になります。そんな共同創造をしていく仲間の連鎖や、小さなコミュニティの集合体こそ、私が思い描く新しい時代の「国」のイメージです。しかし人と人との関係性は、最も重要なテーマであると同時に最も難しいものでもあります。複数の人が集まると、そこで新しいものが生まれて一体感を得られることもあれば、対立やミスコミュニケーションが起ることもあります。